「米国の大卒が“就職氷河期”、AIが新人の仕事を代替している」というニュースを読んだ。
記事全体は、まるでAIが仕事をすべて奪っていくかのように書かれていたけれど、実際にはもっと複雑で、単純に片づけられる話ではないと思う。
ニュースの概要と違和感
アメリカの22〜27歳の大卒失業率は5.8%。全体平均の4.0%よりも高く、過去40年で最大の差になっているという。
理由は、新卒が担当していた事務補助やリサーチ、初級プログラミングといった業務がAIに置き換えられているから。簡単な仕事がAIに置き換わってるということだ。
ただ「AIがすべての大学生の仕事を奪った」とは思わない。実際には、新卒に求められる基準が一気に上がったということだろう。AIを活用できれば高度なことができる。だからこそ、出発点で求められる能力も引き上げられているのだと思う。
ツールを作ってみて感じたこと
私はこの1年ほど、AIを使って簡単なツールをいくつか作ってきた。
直近だとこんなの。メッチャ簡単だけどね。
やってみて感じたのは、AIは便利だが、成果は結局こちらのスキル次第ということ。
- コードを理解できなければ止まってしまう
- 丸投げすればエラーに振り回される
- 問題を細かく分解して指示しないと成果が出ない
AIの時短力は驚くほど大きい。思いつきをすぐ形にし、試しながら改善できる。でも、その先に進むためには知識や経験がどうしても必要だと痛感した。やっぱり知識が足りない。
コンプレックスと憧れ
私のITスキルの原点は、子どものころからPCやデバイスに触れるのが好きだったことだと思う。工業高校では情報技術をかじり、一度就職したときにIT業界に少し関わったこともある。ただ、専門職として長く働いてきたわけではなく、実際のところ「パソコンに詳しいおじさん」程度のスキルしか持っていない。
それでもプログラマーにはずっと憧れがある。理由はシンプルで、彼らは自分の頭の中にある仕組みやサービスを、コードで直接形にできるからだ。私にとってはそれができないことがずっとコンプレックスでもあった。
AIに触れるようになってから、Pythonを使ってツールを形にできるようになった。黒い画面を前に固まっていた自分が、コマンドを入力してプログラムを動かせるようになったのは大きな変化だ。過去のコンプレックスが消えたわけではないが、AIのおかげで一歩前に進めた実感がある。
AI時代に必要だと思うこと
ツールを作る中で実感したのは、AIを使いこなすには基礎知識と分解力が欠かせないということだ。
- コードや出力を理解する力
- AIが生成したものを検証し、添削する力
- 問題を小さく分けてAIに指示する力
この3つがないとAIに振り回されるだけになる。逆にこれさえあれば、AIは強力な武器になる。
ただし、この武器は職種によって効き方が全く違う。
ホワイトカラーの世界では、AIが単純作業を肩代わりしてくれる分だけ、残る仕事はどんどん高度化する。AIが「なんでもやってくれる」からこそ、人に残されるのは責任や判断、調整のような難しい仕事ばかりになる。結局、労働時間は大して減らないまま、圧縮された分だけ濃くて厳しいタスクが降ってくる。これはかなり恐ろしい時代だと思う。
一方で、ブルーカラーの現場は少し違う。AIが置き換えるのは面倒な事務作業や報告書づくりであり、それによって仕事が楽になったり、時短につながる可能性がある。もちろん実際にそうなるかはわからないし、これは私の願望も込めてのイメージだ。でも、もし単純に「AIがめんどうを引き受けてくれる」だけで済むなら、早く帰れる未来を期待してしまう。
体験格差と分断
ここまでの話をまとめると、結局一番言いたいのは体験格差のことだ。
ここで言う体験格差は「AIを触ったかどうか」だけでなく、人生でどんな経験を積んできたかということ。
AIを使いこなすには、ただ操作するだけでは足りない。必要なのは問題を定義する力と解決に向けた力だ。けれど、この2つは能動的に体験していないと身につかない。
スポーツに置き換えると分かりやすい。
「バレーの試合で勝ちたい」→「うまくなりたい」→「こんな練習が必要だ」→「じゃあやってみよう」。
この流れは、自分で課題を設定し、解決に向けて試行錯誤する体験そのものだ。
AIも同じで、「ここを自動化したい」「効率化したい」と思わなければ正しい問いを立てられないし、AIに適切な指示を出すこともできない。つまり、能動的に経験を積んできた人ほどAIを活かせるということになる。
だから体験格差はそのまま仕事格差につながる。やりたいことに挑戦できた人と、そうでなかった人。経験を積めた人と、積めなかった人。その差はAI時代にさらに広がっていく。
若い人にとっては酷な話かもしれない。チャンスをつかめるかどうかは、家庭や環境に左右される部分が大きい。経験を積めた人と積めなかった人のあいだで、分断が進んでいくのは避けられないのかもしれない。
これからの働き方
資本家や経営者にとっては、AI時代はいい時代になると思う。業務を効率化できれば利益は増えるし、人件費を抑える口実にもなる。
でも労働者の立場から見ると話は別だ。何年もかけて身につけたやり方を、AIというゲームチェンジャーによって急に更新されることになる。よく「日本ではAIが現場に浸透していない」と言われるけれど、そもそも急に「明日から仕事のやり方を変えろ」と言われて素直に受け入れられる人は多くない。しかもやり方を変えても給料が上がらないなら、誰だって「じゃあやらない」となるのが自然な人の反応だと思う。
特に、AIによって仕事が圧縮され、残った重たい業務だけが降ってくる未来を想像できる人にとって、その抵抗感は相当強いだろう。人のメンタルはそこまでタフじゃないし、実際にAIを使って仕事をすると異常に疲れることもある(これはまた別の話になるけれど)。
結局、その人が社内で何ができるかは、個人の努力というより会社の教育方針の結果だ。労働者単位で「AIを使いこなせるか」を語るのは、少し酷な気もする。最終的に「自分で頑張ってスキルアップしてね」という自己啓発的な話に落ち着くのは正直悔しい。
ニュースを読んで、娘に何を伝えるか、考えさせられた
このニュースを読んで、正直憂鬱な気分になった。
体験格差が就労に直結するなら、私は娘に自分の親がしてくれた以上の体験を与えられるのか、不安になったからだ。
生活コストは上がり、収入格差もある。実家・義実家との距離もあり、子どもを育てる条件は私が子どもだった頃よりも厳しい――そんなふうに考えてしまった。
親としてできること
ネガティブな気持ちのままでは仕方がない。
だからこそ「親として自分に何ができるか」を真剣に考えた。出た結論はシンプルで、とにかく自分がやりたいことを楽しそうにやることだ。
振り返ると、私の趣味嗜好はほとんど親の影響を受けている。
車、バイク、PC、ゲーム、読書――親が楽しそうに触れていたから、私も自然と好きになった。唯一、親が触れていない趣味は筋トレくらいで、それも妻の影響だ。結局、子どもは「親が楽しそうにやっていること」を真似るのだと思う。
だからこそ、娘に勉強や努力を求めるなら、私自身がまず頑張るしかない。
そして比較しないこと。SNSを見ればキリがない。ここは親として教えられる部分だと思う。
現実的に考えると…
あとは、娘が「やりたい」と言ったことを、できるだけ体験させてあげたい。
そのためには、収入を増やす努力を続けるしかない。理想論だけでなく、現実的な基盤も整える必要があると改めて思わされた。
おわりに
結局、娘の未来を考えることは、自分の未来を考えることでもある。
AIは脅威でもあり、可能性でもある。
私たちがこれから何を学び、どんな経験を積むか。
それがAI時代を生きるうえでの分かれ目になるのだと思う。
